718ボクスター GTS 4.0を購入するときに私が悩んだのはマニュアルトランスミッション(MT)にするか、PDK(ポルシェのデュアルクラッチトランスミッション)にするかでした。
MTは確かに楽しいし、PDKはあの瞬間的なシフトチェンジが非日常的すぎて(しかもこのシフトチェンジの速さは他のメーカーではなかなか味わえない)しかも楽。どうしよう、と優柔不断に決めきれないまま注文したことを覚えてます。
ここでは、ギア比の特性を中心に、MTとPDKについて少しだけ比較をしてみたいと思います。
ポルシェの現行モデルに設定されるMT(2023年8月現在)
ポルシェにはMTが存在するグレードは少なくなっています。MT設定があるのは、718シリーズ(718ボクスター、718スパイダー、718ケイマンを含みます。以下、718シリーズ全体を指すときは単に718と表記します)と911 GT3、911 カレラGTS、911 カレラTと一部の限定モデルのみ。特に走りに特化したRSにはMTの設定がありません。
911 GT3には、先代991型からのキャリーオーバーのデュアルマスフライホイール&6速MTが設定されます。718シリーズも基本このMTを使っています。
911 カレラGTSとTにはデュアルマスフライホイール&7速MT、
限定車である911 S/Tにはシングルマスフライホイール&専用クロスギアレシオの7速MTが設定されます。(これはこれでマニアックで、一度乗ってみたい。。)



ポルシェのPDKとは
ポルシェのいわゆるAT(ここでは2ペダルのMTを含む)には、PDK(Porsche doppelkupplung)というデュアルクラッチトランスミッション(DCT)が使われています。DCTは簡単に言えば、マニュアルトランスミッションの構造のまま、クラッチ操作とシフト操作を自動化したもの。クラッチを2枚(奇数段・偶数段ごと)持つことで、変速を速くしていることが特徴です。

もともとポルシェは自動変速機に対する取り組みに貪欲で、すでに1967年にはスポルトマティック(SPORTOMATIC)という、クラッチとトルクコンバーターを併用してクラッチ操作だけを自動化したトランスミッションが発売されています。
ポルシェ911やVWビートルに採用された「スポルトマチック」とは?を読む
その後、PDKは944ターボへの搭載(試作)を経て、あの伝説のグループCカーである962に搭載されます。一番の理由は「速さ」です。
ただ、市販車への搭載はまだまだ先。ポルシェは市販車には1989年にティプトロニックというトルコン式ATを設定、PDKの登場は2008年でした。同じグループのフォルクスワーゲンが世界で初めて市販車にDSGを搭載したのが2003年(ゴルフIVのR32)、その5年後でした。

718 GTS 4.0のMTとPDKをスペックシートで比べてみる
何を比べるのか、というときにまず話題になるのは0‐100㎞/h加速の違い。MTは4.5秒、PDKは4.0秒となっています。どのグレードでもだいたいPDKの方がMTより0.4秒~0.5秒速くなっています。
当然のことながら、PDKの方が変速スピードが速いためこのような差が生まれています。
それでは、変速以外で、特に加速感の感覚に差はないのでしょうか?
今日比べたいのはギア比です。MTはギアがロングすぎる、と良く言われますが、実際にPDKとどれくらい違うのか、見ていきたいと思います。あくまでも比較で、優劣をつけるのが目的ではありませんので念のため。
ギア比の比較
まずは、単純に各ギアでのギア比、ファイナルを入れていきます。
| MT | PDK | |
| 1速 | 3.31 | 3.91 |
| 2速 | 1.95 | 2.29 |
| 3速 | 1.41 | 1.65 |
| 4速 | 1.13 | 1.30 |
| 5速 | 0.95 | 1.08 |
| 6速 | 0.81 | 0.88 |
| 7速 | 0.71 | |
| Final | 3.89 | 3.62 |
各ギアにおける理論上の最高速度
次に、各ギアにおける理論上の最高速を求めていきます(メーター読みではありません。実際には理論上のスピードより2~3%程度速度が高く表示されるはずです)。タイヤは純正サイズです。計算、間違っていたらすみません。
(単位km/h)
| MT | PDK | |
| 1速 | 79.4 | 72.3 |
| 2速 | 134.8 | 123.4 |
| 3速 | 186.5 | 171.2 |
| 4速 | 232.7 | 217.3 |
| 5速 | 276.8 | 261.6 |
| 6速 | 324.6 | 321.1 |
| 7速 | 398.0 |
上記の、特に2速を見てみてください。2速のレブリミット時(7800rpm)の速度はMTで134.8㎞/h、PDKで123.4㎞/hです。その差は11.4㎞/h。それなりに差があることがわかります。(2速、3速で見るとMTの方がPDKよりもざっと9%くらいギア比がロングです。)
ちなみに、PDKの7速はいわゆるオーバードライブとして、燃費と静粛性を確保するために設定されていることがわかります。
各速度におけるエンジン回転数(2速、3速選択時)
2速、3速を選択した時に、各速度でどれくらいの回転数でエンジンが回っているかを下記に記しています。
(単位rpm)
| 速度 | MT2速 | PDK2速 | MT3速 | PDK3速 |
| 30 | 1,735 | 1,897 | 1,255 | 1,366 |
| 40 | 2,314 | 2,529 | 1,673 | 1,822 |
| 50 | 2,892 | 3,161 | 2,091 | 2,277 |
| 60 | 3,471 | 3,793 | 2,510 | 2,733 |
| 70 | 4,049 | 4,425 | 2,928 | 3,188 |
| 80 | 4,628 | 5,057 | 3,346 | 3,644 |
| 90 | 5,206 | 5,690 | 3,764 | 4,099 |
| 100 | 5,785 | 6,322 | 4,183 | 4,555 |
| 110 | 6,363 | 6,954 | 4,601 | 5,010 |
| 120 | 6,942 | 7,586 | 5,019 | 5,466 |
例えば、60㎞/hの時に、2速だとMTで3,500回転弱、PDKで3,800回転弱なのでその差300回転、3速だとMTで2,500回転強、PDKで2,700回転強なのでその差200回転。
各速度におけるエンジン出力(2速、3速選択時)
これは公開されているトルクカーブから推測した概算なので、多少のブレはご容赦ください。
(単位PS)
| 車速(km/h) | MT2速 | PDK2速 | パワー比 | MT3速 | PDK3速 | パワー比 | |
| 30 | 80 | 89 | 111% | ||||
| 40 | 110 | 122 | 111% | 76 | 84 | 111% | |
| 50 | 147 | 164 | 112% | 99 | 109 | 110% | |
| 60 | 184 | 205 | 111% | 121 | 134 | 111% | |
| 70 | 220 | 250 | 114% | 148 | 165 | 111% | |
| 80 | 266 | 303 | 114% | 175 | 195 | 111% | |
| 90 | 311 | 347 | 112% | 202 | 225 | 111% | |
| 100 | 347 | 380 | 110% | 231 | 260 | 113% | |
| 110 | 381 | 399 | 105% | 264 | 300 | 114% | |
| 120 | 399 | 394 | 99% | 300 | 334 | 111% |
上の表を見ると、MTとPDKのギア比の違いは9%くらいでも、同じ速度で同じギアを選択している時の出力が10%以上異なっている速度域が意外に多いことに気づきます。例えば2速選択時には、30㎞/hから100km/hまでの広い領域でPDKの方がMTよりも10%以上出力が出ていることがわかります。
これは、NAエンジンの特性上トルクのピーク回転数が高く、そこまではトルクが上昇し続けるからです(谷が存在しない)。実際、PDKでは5500rpmまでトルクが上昇し続けています。(PDKのほうがピークトルクが10Nm高いことも影響しています)
同じ速度のときの回転数がPDK>MTで、エンジン特性として回転数が上がればトルクも上昇するとなれば、パワーは回転数とトルクの掛け算なので当然そうなりますよね。
718ボクスター GTS 4.0のトルクカーブはエンジン編で掲載しています。
718 GTS、MTとPDKのギア比比較:とりあえずのまとめ
今見てきたように、ギア比の違いはそれなりに実際の出力、ひいては「パワー感」にも影響してくることがわかると思います。
もちろん、MTの方がPDKよりも17kg(ですかね、だいたい)軽い、つまり空車重量比1.2%程度はMTの方が軽いため、その分は差し引かなければなりませんね。
718 GTS 4.0、MTのフィーリングの特徴
そんなことを言っても、MTを選ぶのは絶対的な速さではなく気持ちよさ、という人がほとんどだと思います。では、そこのところはどうなんでしょうか?
718 GTS 4.0のMTの良いと思うところ
現代的なMTらしく、クラッチはそこまで重くないです。どうやって実現しているのかは詳しい説明が見当たらないのでわからないのですが、素材の選定などもあるのでしょうか。
(最近のMTについての一般的な解説記事は下記が参考になります。)
私のそれほど多くない経験から重さを比較すると、クラッチは軽い方からシビックタイプR(FL5)<ポルシェ718<初代NSX<トヨタGR86/BRZ<私のレガシィS401(WRXと同じミッション)という感じ。(R32スカイラインとかはもっと重いらしいですが乗ったことがありません)
クラッチのつながりもかなり奥から半クラッチになってくれるので楽。ただし、かなり奥まで行くので短足な私(身長は170cm)にはちと厳しい。。。
また、エンストした時に自動でエンジンを再始動してくれる機能もあります。(初めてエンストした時に逆にパニックになってしまいましたが。。)
その他、自動レブマッチ機能もあり、至れり尽くせりです。

718 GTS 4.0のMTのそれほど、と思うところ
それほど、と思ったところも載せておきます。ただし、これは主観によるところも多く、結局のところ「いい」とか「自分に合っている」と思えば選ぶのが良いと思います。
一つにはやはりギア比が高いこと。日本の使用環境だとちょっともったいない感じがします。60km/hで2速選択時、3500rpm回っていませんので。。
もうひとつはフィーリング。
シフトレバーの位置は、170cmの私だとちょっと遠め。標準的な日本人にはロードスターやシビックタイプRくらいの距離の方がしっくりくるかもしれません。
シフトレバーはそこまで短くなく、ストロークもそこそこ必要。おそらくポルシェはモデルごとにターゲット顧客に合わせた最適なストロークを考えていて(例えばほんとにエンスーな人向けの911 S/Tはかなりショートらしいです。)、ギアの入れ間違いを防ぐなど、安全サイドに立った設計にしているように思います。ホンダのMTほどにはスコスコ決まる感じではない、とだけ申し上げておきます。
フィーリングにかかわることでもうひとつ。
ポルシェ718はミッドシップレイアウトで、縦置きエンジンの後ろにトランスミッションが縦置きされます。いいかえると、911と配置を逆にした形になります。(911はトランスミッションが前、エンジンが後ろ。)
そのため、シフトレバーとトランスミッションの位置が離れています。シフトレバーとトランスミッションの間はケーブルで結ばれています。トランスミッションに剛結している場合に比べてシフトレバーの配置の自由度が高く、トランスミッションからの振動も来ないため快適性があがります。
とはいえ、直付けやリンク式の良くできたシフトレバー(ロードスターやシビックタイプR)に比べるとどうしてもダイレクト感は控えめかも。
これは、試してみてご自身で納得されることをお勧めしたいです。(空冷時代のぐにゃぐにゃなポルシェ・シフトに味があると思えたりする人もいるくらい(←私含む)感じ方というのは人それぞれなので。)
718 GTS 4.0、PDKのフィーリングの特徴
718 GTS 4.0のPDKの良いと思うところ
一番は変速スピード。特にシフトアップの時にほとんど動力が途切れずにギアを上げてくれるので、スポーツ走行の時は楽ですし速い。未来の車に乗っているような未来感もあります。
シフトダウンもしかり。ポルシェの場合はエンジン保護のためのマージンをあまりとっておらず、その段の許容回転数に入れば必ずシフトダウンできます。
この時の気持ちよさは個人的には感激もの。ATのマニュアルモードでピーピー機械に受付拒否されてイライラした経験のある方はぜひPDKを試してほしいです。

もう一つはPDKのATモードでの変速プログラム。これは本当に賢いです。
シフトの制御にはスロットル開度、アクセル操作のスピード、車両の加速度、ブレーキ圧、ブレーキ操作のスピード、車両の減速度などに加えて斜度(ティプトロニックではエンジン負荷と車速の関係から計算していたようだが今もそうかは不明)などを活用。車輪センサーの情報(左右の回転差)も制御ロジックに組み込んでいるため、カーブ進入時にアクセルを抜いてもシフトアップしないようになっています(986の時から制御ロジックが入っている。ただし、今も車輪センサーの情報を見ているか、横Gセンサーの情報を見ているかは不明)。
これらのデータを元にソフトウェアが変速の判断をするのですが、そのベースとして「大量の距離のテスト走行によって蓄えられたデータ」を活用しているそう。簡単に言えばテストドライバーの時々に応じた変速パターンを学習している、ということですね。
スポーツ+にするとかなり積極的に自動シフトダウンします。シフトダウンですら自分よりもうまいと思いますね。。
最後にフィーリング。
PDKは変速とクラッチ操作が自動化されているだけのMTではあるので(もちろんマニュアルモードではクラッチ操作だけが自動化)、物理的に変速ショックがあります(すごい少ないですが、スポーツ+にすると大きくなります)。
一般的なトルコンATの、ワンテンポ遅れた感じや滑る感じ、シフトチェンジしてないようなダイレクト感のない感じとは違います(もちろん、トルコンATも進化していて、BMWに積まれるZF製のトルコンATとかはそれなりに気持ちよいとは思いましたが)。
疑似変速をしているCVTとも違います。
ATは楽である一方、スポーツカーにおいてはダイレクト感がないなどの理由で消極的にしか選ばれないような気がしますが、ポルシェのPDKは積極的に選ぶ価値があると思います。私もトルコンATだったら選ばなかったかもしれません。
718 GTS 4.0のPDKのそれほど、と思うところ
2ペダルということですかね。やっぱりクラッチを自分で操作したいと思うことはありますので。とくに街乗りだと安楽すぎて寝てしまいそう。
そういえば、ATにも3ペダルMTにもなる車、ありますね。ケーニグセグ。
PDKの重量はGTS 4.0用のトランスミッションと比べると17kgくらい重いのですかね?もう少し違うかも。
私にはこの違いよりもエンジン(6気筒NAか4気筒ターボか)、LSDの有無等(ベースグレードにはLSDはついていない)による重量の違いの方が車の軽快感に影響を与えていると思います。
まぁMTより重いのは事実です。
まとめ:好きな方に乗るがよい!
どうしようもないまとめ方ですが、そもそも私はMTとPDKに優劣をつけようなんて思っておりませんでしたので、好きなものに乗るのが一番、と思います。
ただ、MTのギア比はロングだと言われるけど、それがどれくらい違うのか、MT・PDKそれぞれのフィーリングに影響を与える要素にどんなものがあるのかを少しでも知りたいと思い、調べてみた次第です。ジャーナリストがおすすめした通り乗ってみたらどうも思ってたのと違った、みたいなことが少しでも減るとよいなぁと思います。
あ、リセールバリューはMTの方がいいので、念のため!










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