ポルシェ 718シリーズはどこへ?(3)718シリーズ誕生の背景から続く
振り返ればポルシェ 911と違い、1993年のコンセプトモデル誕生からこれまで、いろいろと紆余曲折しながらモデルチェンジしてきたボクスター / ケイマン。
ボクスター / ケイマンのこれまでの変遷とこれからの行方を、販売台数の推移等を手掛かりに読み解いていこうというこのシリーズ。
いよいよ終盤、4回目は718シリーズのモデル展開の軌跡、そして電動化へと舵を切らせる要因を見ていきたいと思います。
このモデル展開は、前回「718シリーズ誕生の背景」を読んでから見ていただくとより楽しめると思いますので、よろしければご覧ください。
718シリーズのモデル展開
前回見てきたように、コンセプト変更により911の弟分、という制約が外れた718シリーズ、本当にその後高級化していくのか、どう残存者利益を取りに行くのか(残存者利益の基本的な考え方は前回を参照)、見ていきたいと思います。
718ボクスター、718ケイマン、718ボクスター S、718ケイマン S(2016年)
まずは順当にベースグレードと「S」からの展開。981型まではケイマンをボクスターの上に置いて、エンジンのチューン(981型ではどのグレードもボクスターに10PS上乗せ)をしていましたが、今回からは、ケイマンとボクスターを兄弟として同列に置いたのが新しいところ。市場が縮小傾向で数が出なければ、やはりエンジンのバリエーションは減らしたいもの。
その結果、ケイマンは981型→982型(718)になって価格が下がりました。販売もこれによりケイマンの比率が高まっています。
世界的にオープンカー市場が下火(第3回に記載)になる中、オープンカーは単価を上げて残存者利益を取りに行くのは当然と思われます。

下記に、日本における販売価格の推移を記しておきます。モデルイヤーによってはグレードによってMTが選べないときがあるため、全てPDK車で比較しています。1万円未満を四捨五入しています。(単位:万円)
| 981型 | 982型 | |||
| 初期型 | 最終型 | 初期型 | 差異 | |
| ボクスター | 631 | 687 | 710 | 23 |
| ボクスターS | 774 | 843 | 904 | 61 |
| ケイマン | 659 | 682 | 671 | -11 |
| ケイマンS | 820 | 848 | 865 | 17 |
718ボクスター GTS、718ケイマン GTSの追加(2017年)
ここは予定通りのモデル追加(981でも同様だった)。
GTSは、基本的に「S」に若干のエンジンチューンをして、走りに影響する装備を標準装備にしたもの。718でも、「S」と同じエンジンを別チューンにして15PS上乗せしています。
「S」と「GTS」の価格差は140万円ほど。GTSと同じ走りの装備をオプション装着すると結局GTS並みの値段になるので、実質的な値段の差は少ないです。

価格を見ていきましょう。それぞれ、GTSがラインナップに追加された時の価格です。(981型は2014年4月、982型は2018年5月。全車PDK車で比較。単位:万円)。ハイエンドモデルは718(982型)の方が981型よりもだいぶ高めに設定されてきていることがわかります。
| 981型 | 982型 | 差異 | |
| ボクスター | 671 | 759 | 88 |
| ボクスター S | 825 | 948 | 123 |
| ボクスター GTS | 949 | 1,092 | 143 |
| ケイマン | 678 | 720 | 42 |
| ケイマン S | 844 | 909 | 65 |
| ケイマン GTS | 979 | 1,053 | 74 |
718ケイマン GT4、718スパイダーの追加(2019年)
ここまではわりと予定調和な展開。いつもと変わらない感じ。
でもここからのポルシェは違いました。
皆がびっくりしたのは、718ケイマン GT4 / 718スパイダーに水平対向6気筒自然吸気(NA)エンジンが搭載されたことです。前回見た通り、ポルシェ 911は一足お先に基幹モデルがターボ化していて、自然吸気はGT3系だけになっていました。
NA登場の背景は、燃費計測モードの変化?
NA登場の背景としては、燃費計測モードの変化があったと言われています。
具体的には、燃費測定基準の統一化。WLTPと呼ばれるものです。Worldwide harmonized Light duty driving Test Procedureの略で、日本語訳は「乗用車等の国際調和排出ガス・燃費試験法」で2014年に成立。
その具体的な測定方法であるWLTCが順次導入されています。(日本では2018年に導入。ただし、アメリカはこの枠組みから早々に離脱しています。)
WLTCの特徴は、従来の燃費基準に比べて高速走行の割合が増えた、ということです。
これによってターボのメリットが薄まり、大排気量NAが有利になったとポルシェでは説明しています。(とはいえ、それなら911も自然吸気に戻せば?と思いますがそうはなっていません。)
いずれにしても、エンジンのモジュール化を進めていたポルシェとはいえ、718ケイマン GT4 / 718スパイダー専用に6気筒NAエンジンを用意したのですからすごい力の入れようです。

718シリーズのプレミアム化路線、始まる?
すべてのラインナップが揃った2019年10月の価格を見てみましょう。(981型ケイマン GT4、スパイダーはMTの設定しかないため、全車MT車で比較、単位:万円)
| 981型 | 982型 | 差異 | |
| 718ボクスター | 634 | 732 | 98 |
| 718ボクスターS | 790 | 925 | 135 |
| 718ボクスターGTS | 902 | 1,064 | 162 |
| 718スパイダー | 1,012 | 1,238 | 226 |
| 718ケイマン | 682 | 693 | 11 |
| 718ケイマンS | 848 | 885 | 37 |
| 718ケイマンGTS | 915 | 1,025 | 110 |
| 718ケイマンGT4 | 1,064 | 1,260 | 196 |
GTSからは1,000万円超、GT4 / スパイダーは1,200万円前後になっています。
981型と比べると、ケイマンのベースグレードはほとんど価格差がないものの、上位グレードのGT4、スパイダーで比べると、前モデルよりも200万円程度高い。全体にモデルの価格帯が高い方に広がっていることが見て取れます。
「GTS」の6気筒化、「T」の追加(2020年)
「GTS」の6気筒化
718ケイマン GT4 / 718スパイダーが発表されると、すぐさま水平対向6気筒NAエンジンの採用車種の拡大に動きます。
ここでポルシェがとったのは、2.5L水平対向4気筒ターボの「GTS」を6気筒NAに変更するという荒業。しかも排気量による税金の違いがある中国は引き続き「GTS」を4気筒のまま残すという、なかなか他に見ない方法を取ります。
名前は「GTS」から、4Lの排気量を表す4.0を後ろにつけた「GTS 4.0」となりました。

価格は従来の「GTS」から47万円(税込)の上乗せ。(MT車で比較、単位:万円)
| 2.5L | 4.0L | 差異 | |
| 718ボクスター GTS | 1,064 | 1,111 | 47 |
| 718ケイマン GTS | 1,025 | 1,072 | 47 |
「T」の登場
GTSに続いて「T」が登場します。(このタイミングではPDKのみラインナップ。後にMTが設定される)
2017年に911に追加されたグレードと同様の手法を取ります。もともとは1967年に、快適装備をはぎ取った軽量グレードとして設定された911T。その手法を現代によみがえらせたモデル。
実質的には、GTSの足回りとベースグレードのエンジンを組み合わせたもの。

「T」の価格設定はベースグレードと「S」の中間です(やや「S」寄り)。
2020年8月(ベースグレードと「S」の価格改定後)の価格を見てみます。「T」には当時PDKの設定しかなかったので、PDKでの価格比較をしています。(単位:万円)
| 718ボクスター | 812 |
| 718ボクスター T | 932 |
| 718ボクスター S | 1,001 |
| 718ケイマン | 773 |
| 718ケイマン T | 893 |
| 718ケイマン S | 962 |
718シリーズ、フルラインナップが完成?
こうして、718シリーズも4気筒に3グレード、6気筒にも2グレードになりました(さらに中国向けのように、仕向地によって同じグレードでもエンジンが違うものまである)。走りに振ったバージョンから6気筒で上品に走るバージョンまで取りそろえるようになります。
こうして縮小した市場において、少ない資源(ほとんどどれか主要コンポーネンツを使いまわしている)で多くのラインナップを展開しています。
ここに来て、フルラインナップが完成したように見えます。実際、普通に見ればコンセプト変更により911の弟分であることをやめ、高価格帯の製品を投入して価格帯を上げ、ラインナップを細分化して細かいニーズに答えることで残存者利益を取る、という戦略はこの時点でも十分合格点が取れそうです。
この時点での価格を見ていきましょう。(GTS 4.0等の価格改定のあった2020年9月時点で見ています。PDKしかないグレードがあるため、全車PDKでの価格比較をしています。単位:万円)
| 718ボクスター | 812 |
| 718ボクスター T | 932 |
| 718ボクスター S | 1,001 |
| 718ボクスター GTS 4.0 | 1,195 |
| 718スパイダー | 1,319 |
| 718ケイマン | 773 |
| 718ケイマン T | 893 |
| 718ケイマン S | 962 |
| 718ケイマン GTS 4.0 | 1,156 |
| 718ケイマン GT4 | 1,341 |
中国向け、2.0L水平対向4気筒ターボの718スパイダー(2021年)
さらになかなか巧妙なのは、排気量による税制優遇のある中国で、718スパイダーを2.0L水平対向4気筒ターボで登場させたことです。前回見た通り、中国は2015年にアメリカ(米国)を抜いて、単一市場ではポルシェが最も売れる国になりました。

中国は急速に伸びてきた市場のため、「初ポルシェ」の人がものすごく多い。特に、「水平対向6気筒でなくてはポルシェのスポーツカーではない!」というような気難しいオールドファン(すみません)が多くない。
そんな市場で排気量による税制優遇があれば、そこを攻めるのが筋。CAFE規制にも有利に働きます。
4気筒が不評だから6気筒化した、ということではなく、適材適所で売れるスペックの車を作っているのですね。
こうしてみても、ポルシェがいかに2枚舌(?)を使いながらうまいこと、この縮小する市場で戦っているかが垣間見える気がします。
ついに来た、禁断のピュアスポーツカー「RS」(2021年, 2023年)
ここまで見てきたように、5グレードを展開し、フルラインナップを完成させて(させたかのように見せて)マーケティング巧者を見せつけたポルシェですが、彼(彼女?)はここで終わりませんでした。ポルシェはもう一つ私たちを驚かす手札を持っていました。
それが718ケイマン GT4 RS(2021年)と718スパイダー RS(2023年)。
今まで911の領分を犯すのは絶対ダメだった718シリーズが、ついに911のハイエンドのエンジンを載せて登場しました。
ヒエラルキーは守られているとかなんとか言っても、そもそも718シリーズに、911のハイエンドに相当するグレードを作ること自体が掟(おきて)破りです。どうみても911カレラとかより速いよね。。
このモデルこそが、用意周到にコンセプト替えをした718シリーズの最大の成果ではないかと思います。ちなみに、このモデルは中国において718シリーズ唯一の6気筒モデルとして販売されているようです。

718ケイマン GT4 RSが発売された後の718ケイマンの価格を見てみましょう(「RS」はPDKしかないためPDKで比較。2022年6月、単位:万円)
| 981型 | 982型 | ベースグレードとの差異 | 981型との差異 | |
| ケイマン | 682 | 816 | 134 | |
| ケイマン T | 937 | 121 | ||
| ケイマン S | 848 | 1,015 | 199 | 167 |
| ケイマン GTS | 979 | 1,207 | 391 | 228 |
| ケイマン GT4(※) | 1,064 | 1,425 | 609 | 361 |
| ケイマン GT4 RS | 1,878 | 1,062 | ||
(※)ケイマン GT4(981型)はMTの設定しかないためMTの価格を表示。718ケイマン GT4はPDKの価格を表示しているため、単純な比較はできない

同様に、718スパイダー RSが発売されたあとの価格を見てみます。(PDK、2023年5月、単位:万円)。このタイミングでは「T」と718ケイマン GT4 / 718スパイダーがカタログから外れています。なお、2022年からは、世界的な金利上昇と円安の影響を受け、価格が高騰しています。
| 981型 | 982型 | ベースグレードとの差異 | 981型との差異 | |
| 718ボクスター | 687 | 922 | 235 | |
| 718ボクスター Style Edition | 1,033 | 111 | ||
| 718ボクスター S | 843 | 1,121 | 199 | 278 |
| 718ボクスター GTS 4.0 | 966 | 1,313 | 391 | 347 |
| 718ボクスター スパイダー RS | 2,024 | 1,102 | ||
「RS」の価格はベースグレードの2倍以上、価格差1,100万円。最上位グレードは2,000万円を超えるモデルになりました(最上位グレードには高額なオプションも用意されている)。
こうして、RSを頂点とした718シリーズのフルラインナップは完成したのでした。このラインナップ構成は、3回目(718シリーズ誕生の背景)で見たように、用意周到に「ネーミングの変更とともに911の弟分であることをやめ、ピュアスポーツカーへのコンセプト替えをした」ことで可能になったように思えます。
(それにしても、物価高と円安とはいえ、981型のGTSと982型のベースグレードの価格があまり変わらない、というのには驚きます。)
718シリーズ、電動化への道
ここまで、718シリーズの残存者利益獲得戦略をみてきました。
そうはいっても、次もそれで行けるか?というとそれは無理です。環境規制とポルシェを取り巻く市場環境が許してくれないからです。
それでは、718シリーズが電動化するに至った環境規制と、ポルシェ固有の問題を見ていきたいと思います。
厳しさを増す環境規制
718シリーズ誕生前の環境規制は前回も見てきましたが、718シリーズ誕生後は加速度的に厳しさが増しています。
欧州の2035年ガソリン車販売禁止方針
欧州連合(EU)の主要機関が、2021年7月に「ガソリン車の販売を2035年以降に禁止する方針」(欧州グリーンディールの一環)を表明。その後2022年から2023年にかけてEU諸国との合意を取り付け、欧州議会で最終的に承認されたと発表がありました(※1)。
この方針は欧州自動車メーカーに大きな影響を与えたと思われます。それもあってかポルシェはこの方針表明のわずか7か月後である2022年2月に「本社工場の(EVに最適化した生産をするための)改造に5億ユーロの投資を行い、EVとしての718シリーズを生産する」ことを明らかにしています(※2)。
排ガス規制のさらなる強化
ヨーロッパの排出ガス規制は、すでに2015年からユーロ6に移行していましたが、2021年から現在の規制(CO2(二酸化炭素)排出量について従来の走行試験モード「NEDC」で95g/km)になっています。この数字は、2015年規制に比べてCO2排出量を27%も削減するというもの。さらに、ユーロ7(施行が延期されていた)ではガソリン車のCO(一酸化炭素)排出量を2021年比50%減とする案が提出されていました(※3)。
ここまで削減を迫られると、到底ガソリン車では達成不可能、ということになり、必然的に電動化をはじめとする脱炭素を急がなくてはなりません。
ポルシェ上場の影響
もうひとつは、ポルシェの上場(ポルシェは2022年9月29日にドイツのフランクフルト証券取引所(DAX)に上場しています。上場時の時価総額が10兆円を超えて話題になりました)という特殊要因です。もともと親会社のフォルクスワーゲングループは上場していましたが、ポルシェとして上場するとなると話は変わってきます。
何が変わるか?それは株主に対する説明責任です。株式を市場で買ってもらうためには、目先の利益に加えて、わかりやすい成長戦略が必要です。ポルシェに限らず自動車産業でいえば、どうしても脱炭素戦略、それも成果がわかりやすいEV戦略は避けて通れないトピックです。
特にポルシェの場合高額なスポーツカーがメインなので、「電動化したらメーカーごとの差異は出しにくく、特に走りを得意としているスポーツカーブランドは生き残りが難しいのでは?」という市場の懐疑的な見方に対して「そんなことはない」と反論していかなくてはいけません。
そんな理由もあり、718シリーズは「EVであってもポルシェはポルシェ、スポーツカーメーカーが作る車には独自の価値がある(から高く売れる)」ことを証明するための急先鋒として選ばれたのだと思います。
(911はブランドアイコンでもあるので、絶対失敗できない。ゆえに最後の最後まで内燃機関を残しながら両にらみでいくものと思われます)
かつてじり貧だったポルシェを救った「911の弟分」ボクスター。今度は会社の成長戦略を示すモデルケースとして、会社の期待を一身に背負うことになるのですね。
この変り身の激しさには驚かされるものの、それでも躊躇なくこうした変化ができたのは、718シリーズ誕生前にコンセプトを変えて、「911ファミリーから独立したピュアスポーツカー」という立ち位置にしておいたから。
そう考えると、2010年代半ばにそうした仕込みを済ませてしまったポルシェの先見の明には改めて感嘆させられます。(もしかしたら違うかもしれないけど。)
次回は最終回、718シリーズの電動化についてわかっていることをまとめたいと思います。
ポルシェ 718ボクスター EV / 718ケイマン EV:次期型でわかっていること(ポルシェ 718シリーズはどこへ?(最終回))を読む
【注釈】
(※1)欧州議会、内燃エンジン新車販売の実質禁止を承認 35年以降(ロイター)
しかし、2023年3月25日、土壇場になって「ガソリン車の販売を2035年以降に禁止する方針を転換し、条件付きで認める」ことを明らかにしています。
その条件とは、二酸化炭素と水素を合成して作る液体燃料「e-fuel」(イーフューエル)のみを使用する車両は販売できるようにする、というものです。
報道によると、フォルクスワーゲンやメルセデス・ベンツを抱えるドイツ政府が翻意し、それにイタリアなどが同調した結果とのこと。
EUがエンジン搭載車禁止撤回 合成燃料、利用は限定的(日経新聞。後半は会員限定)
(※2)ポルシェ、電気自動車「718」の生産に向け本社工場を改造(Euro Car.info)
初出: Porsche will invest $567M to build electric 718s at Zuffenhausen plant (Automotive News Europe)
(※3)欧州 新排ガス規制ユーロ7〜電動化を見すえた新たなルール(TechEyesOnline)
こちらも、2023年9月25日に、大幅な規制の緩和が合意されました。ガソリン車のCO2排出量はユーロ6と同じ水準を維持する、とあります。










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