全く予定外ではあったのですが、我が家の2つ前のファミリーカーだったスバル レガシィ ツーリングワゴン 2.0GT(BP5)が12年ぶりに我が家に帰ってきました!
ちらっと写真に写っていたレガシィ ツーリングワゴン
スバル レガシィ S401、納車から3年半。長老は今日も走るにて、レガシィ ツーリングワゴン(BP5)とレガシィ S401のツーショットを掲載しました。その写真のメインの位置を占めていた車。これが我が家に帰ってきたのです。

今回は息子の練習車兼足車としての帰還ですが、もちろん私も乗ります!
すみませんが思い出話を
思い出話、夢の話と同じであまり聞いていても楽しいものじゃございません。特に知らない人の話なんて、「あんた誰?」っていう感じだと思いますので。
でも、語らずにはいられません。(すみません、今回は老人の思い出話の回みたいになります)
この車が2003年に発売になった当時、もう何やらうれしくてうれしくて、片っ端から本を買って調べました(スバル レガシィのすべて、みたいな本を4冊)。全国で流れたCM(「存在として美しいか、否か」)も、ビデオに撮って何度も見ました。試乗も車が配備された翌日くらいに行くほどの推し活ぶり。
絶対、買いたい!
ちょうどその年に新居に引っ越したのですが、何を考えたか、「今しか乗れない」と思って手に入れたのはボルボ940エステートの13年落ちの車。荷物は積めるもののフロントヘビーのFRのため雪道にめっぽう弱かったことを記憶しています。走っているうちにドアミラーの鏡面が剥落するなど、早くもなかなかの旧車ぶりを見せてくれていました。

その後第1子が生まれ、いよいよレガシィか、という時に、「しばらくスノーボードもできないし、今のうちに小さい車に乗っておきたい!」と、BMWミニ Oneを購入。チャイルドシートからの子どもの乗降が大変だったことを記憶してます(3ドアだから当たり前)。

そんなこんなで、子供が生まれて3ドアの車を買うという無謀な選択をした後、第2子誕生の予感。さすがにミニでは無理、ということでついに選んだのがこの車でした。
じつはこの車を買う時には5代目になるであろうレガシィ・コンセプトのティザーが出ていました(2009年1月のデトロイトショー)。

この画像をみて悩むこと2週間、「やっぱり現行レガシィを買う!」と決めてディーラーへ急いだのでした。3.0Lモデルも魅力的だったのですが、当時の私は若かった。あのターボの加速は捨てがたい、と2.0GTを購入(妻も運転するのでATモデル)。
素晴らしい相棒っぷり
購入してからすぐに第2子が生まれました。どうしても利用は近場中心でしたが、子供の乗り降りは楽だし、ちょうどよいボディサイズで妻が運転しても全く問題なしで、とても重宝しました。
そして購入から2年経った2011年、初の雪国デビュー。
ボルボ940エステートで雪道の怖さを思い知っていたので最初はびくびく。
が、走ってみると何だこりゃ。雨道を走る+αくらいの感じで雪道を軽々走破します。スキー場の手前の坂で対向車を待つために坂の途中で一時停止。斜度は7-8%くらいはありそう。でもそこからのスタートはほとんどタイヤの空転もないまますっと走り出します。恐ろしい。

とにかく雪道の走破性は圧倒的で(そのあとミニバンにしましたが、違いを痛感させられました。。。)、どこを走っても全然怖くない、鬼に金棒ぶりに脱帽したのでした。
荷物もたくさん載るし、しかも載せやすい。
道中は疲れ知らずで、活発に走ろうと思えばかなり速い。しかも水平対向エンジンの音も個性的で良い。
狭い道に行っても車が小さいので楽。
実用車としてこれ以上ない車でした。
これ一台で子供の送迎から買い物、長距離旅行、ワインディングのドライブとなんでも行けるぜ!
でも、第3子が生まれ、大きくなり始めた時に、さすがに2列シートの車では窮屈、でも売却は惜しい、ということで姉に引き取ってもらったのでした(2014年2月)。

しばらくは、嫁ぎ先の姉のところで暮らしていたレガシィ。我が家の愛車ともたまに一緒に写っています。


それがこの度、姉が車を入れ替えるということで私が引き取ることにしたのでした。
12年ぶりに乗ってみると

姉が乗っている間も、たまに運転させてもらってたのでそこまでの感慨はないのですが、改めて運転してみると。。。
とにかく運転しやすい!
とにかく視界が良くストレスフリー。Aピラーの形状もすごく工夫されている。そして衝突安全が厳しくなる中でも執念で3代目より5㎜下げたシートポジションが良い!シートも全面刷新で、ほど良いホールド感。テレスコピック機能が付いたおかげで好みの着座姿勢がとりやすくなりました。
ボディも幅が狭いおかげで(全幅1730㎜。それでもついにレガシィが5ナンバーを捨てたと話題になりました)どこでも行けるし、どこでも止められる。
シングルターボ化されたEJ20エンジンは扱いやすく、やや燃費志向ながら回転が上がるとぞくぞくするような粒のそろい方。
全体に軽快感がみなぎるようになったのも素晴らしいところ。
そして何よりステアリング。ステアリングギアの外筒径が太くなるなど全面的に手が入った上に、ギアボックスがキャノンマウントというコストのかかる方式でクロスメンバーにダイレクトに固定されたおかげで、ステアリングフィールがものすごくすっきりしました。電動油圧のパワステで、低速時のねっとりした感じは健在。高速になってステアリングがふわっと軽くなる感じも(ターボ車はエンジン回転数感応型なので仕方なかった)かなり克服されていて自然。ダンパーバルブの採用もあってキックバックがかなり抑えられ、上質になりました。今乗っても、S210を除けばスバルのベストと言いたくなるくらい(←これは完全に主観です。ちなみに、S210を取りまとめた高津益夫氏は、この車の開発ではサスペンション設計、シャシー全体を担当しています)。
潤沢な資金を投入して完成させた車
その他、ブレーキも全面刷新、足回りもほとんどアルミ合金化。ボディそのものも「新環状力骨構造」になり、剛性強化とともに大幅な軽量化を達成、エンジンも排気の取り回しを刷新して等長等爆エグゾーストになり、エンジンも大幅に進化、エンジンマウントも新機構が盛り込まれ、搭載位置も先端で22㎜引き下げ、、、エンジンサウンドも凝っていて、さらにはドアまですごい力の入れよう(マリオ高野氏が4代目レガシィのドアを中心に書いたこちらの記事が秀逸です)。
語りだすと止まらない、そんなエンジニアリングの魅力が詰まった車です(私は全然わかってないのにね。笑)。

当時、スバル(富士重工業)はGMからの出資を受け入れ、2,100億円ほどのニューマネーを手にしました。そのうち1,400億円がこの車に関連する投資に回されたと聞いています。
ソフトウェアの開発費が莫大になり、予算の大部分が自動運転などのソフトウェア投資に回る今からは考えられないほど贅沢なお金の使い方でした。
数多くの新しい試みが投入された車ですが、発売後1年の年次改良ですぐにフロントサスペンションの取り付け部の剛性が強化されるなど、たゆまない年次改良が続けられていきました。実際、私が乗っている最終型(F型)と初期型(A型)を乗り比べると、しなやかさがかなり違う。後期型からは「神様」と呼ばれた辰己英治氏の車造りの考えがかなり反映されているよう。
ADASの取り組みも熱心に行い、後期型の終盤(2008年)からは「EyeSight」の名称で一部のモデルから搭載が始まりました。
その後、リーマンショック(2008年)を経て、急遽(?)1年モデルライフを延長した車でもあります。
商業的には大成功とは言えず、スバルはこの後商品戦略を大きく変え、ボディを大型化してアメリカ市場を取りに行きます。それが結果的に今日のスバルを支えています。
ちょっと、まっとうにいい車を作りに行き過ぎて、車に求めるものが変わっていくなかで商業的にはあまり成功できなかった車。
でも、今では考えられないほどの潤沢な予算が投下され、それが見事に一台の車に結実したという意味では、奇跡のような一台なのではないでしょうか?
これからのこと
新車で我が家に来てからやがて17年。屋外保管していた時期もあるため、外装を中心にややくたびれている部分もあります。サンルーフも1年ほど前に部品が折れて動かなくなりました。

しばらくは練習車にもなるので、外装についてはおいおいにして、まずはサンルーフの修理(30万円以上のコース)、ウェザーストリップがべローンとはがれてきたのを直す(できれば全部交換したい)、ドライブシャフトブーツが割れてきているらしいので交換、というところから手を付けていきたいと思います。
ワイパーのベースの樹脂も白くなってきているので交換するなりしたい。
加水分解がひどくて話題になったダッシュボードは、すでに新品に交換してあるのでまずは安心。ちょっと色あせたシートベルトのバックルもできれば交換したいなぁ。。。
そんなこんなで、部品のあるうちに少しずつプチリフレッシュしていきたいなぁと思っています。
また、たまーにこのブログにも登場してくると思いますので、よろしくお願いします。











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