スバル S210の納車半年後レビュー。
後半はダークサイド、隣の教習所から来た「鬼教官」が怖い、というお話です。
とはいっても車の話。具体的には「アイサイト」で感じたことをベースに、ADAS(Advanced Driver-Assistance Systems)の鬼教官ぶりについて考察していきたいと思います。

※客観的な裏付けが少ないまま、ネガティブな印象を述べている箇所が多数あります。不快と思われる方もいらっしゃるであろうこと、あらかじめご容赦ください。
「鬼教官」に恐怖を感じる日々
「鬼教官」は別の教習所出身?
前回、S210は「スバルが長年作り続けてきた車の方向性を愚直なまでに突き詰めた車」だと書きました。
スバルといえば、「ドライバーが安心して楽しく走れる車」というイメージ。そのために、「車の走り」から「人が手に触れるもの」すべてにおいて「人間中心」に丁寧に作りこむ、そんな印象を持っています。
が、アイサイトは別。
とにかく絶えずドライバーを監視し、ダメ出しをする鬼教官のよう。
あれ、これってスバル車の文化とちょっと違わない?
この教官は、隣の教習所から来たのかな?というような違和感があります。
それが今回のテーマです。「スバルに迷い込んできた鬼教官」をアミオなりに分析します。
どうしても個人の主観の入ったネガティブな言葉が並ぶかもしれませんが、単なる愚痴にならないよう、気をつけて進めていきたいと思います。
名付けて、「ちょっと盛りすぎな実例付き、鬼教官はこんなに怖いぞ。もうちょっと優しくしてね劇場」始まります。
序章:xxxx年○○月△△日の出来事

これは実際にあったことです。
1.マンションの駐車場から出ると、センターコンソールのモニターになにやらメッセージが。駐車場出口から30m。赤信号で停止。そのモニターを凝視したすぐその後。7連のビープ音と共にメーター全体が赤く光りながら「居眠り警告」が発せられました。
2.信号が青になり発進。200mほど走ると、路駐している車がいます。対向車が来ています。右折ウィンカーを出すと駐車場に入りたい車と勘違いされる恐れがあるため、恐る恐るウィンカーを出さずにゼブラゾーンに入ります。車に意図を汲み取ってもらえるよう、わざとハンドルを少し多めに切ります。「ピピピピ」車線を逸脱したとの警告が出ます。(ああ、失敗した)
3.3分くらいした後、今度は交差点手前。横断歩道上で止まってしまった車がいます。自転車が横断歩道を渡ろうと待っています。道路から車がいなくなって、先行車が交差点に進入しました。すると「先行車、発進しました」と音声案内が。(えっ?)ここは焦らず、「どうぞ」と自転車にジェスチャーをしました。
4.その3分後、交差点を右折。停止して、交差点先の横断歩道とその手前に自転車がいないかを目視します。さぁいくぞ、となったら2度目の居眠り警告。
5.その2分後、信号で止まってふうっと息を吸い込んだら、「休憩しませんか?」というメッセージがメーターに映し出される。
この日は何かシステムのへそが曲がっていたのかもしれません(※)。が、ドライブに行く最初の10分で計5回の警告を受けました。
(※)何らかのインテリジェントな制御が入っているためか、警告されるような事象が頻発すると、それが累積して監視の「厳しさ」が増しているような印象を受けます。(鳴らない時は数時間鳴りませんが、鳴ると5分の間に複数回鳴るということもあります。)
トラウマになりそう
センサー(ソナー)の過敏反応なら我慢できるものですが、私は個人的にはダメでした。
こういうことが続いた結果、トラウマのように身体反応が起こるようになったのです。(ちょっと大げさですが)
毎回乗るたびに、助手席にこの鬼教官がいるような錯覚に陥り、「今日もなんか言われるんじゃないかなぁ」とお腹がキュッと痛くなるのです。
そして、違う車に乗って警告音が出ないと「ああ、この車は平穏だなぁ」と妙に安堵した気持ちになる自分を発見するのでした。
「居眠り警告」が必要な時代になった
いきなり前提の話ですが、スバルはこの警告を好きで出しているわけではないのだと思います。
背景にあるのは、居眠り運転やスマホなどによる脇見運転。
これを防ぐための、いわゆる「ドライバーモニタリングシステム」搭載の義務化が進んでいます。
先陣を切ったのがEUのGeneral Safety Regulation(GSR)。
2022年7月:新型式車(新モデル)に適用開始
2024年7月:EUで販売される新車全体に拡大
上記のような形で適用が進んでいます。
その規制の中に、下記が含まれます。
・Driver Drowsiness and Attention Warning(眠気・注意力低下警告)
・Advanced Driver Distraction Warning(脇見・スマホ等の注意散漫警告)
さらに、車の安全性をレーティングするEuro NCAPが、2026年から評価項目に上記の作動精度や作動品質等を加えていく予定だそうです。
将来的には検知の対象に飲酒運転まで含める方向性のようです。
スバルは「怒鳴り」、メルセデス・ベンツは「寡黙に手を差し伸べる」
上記の通り、ドライバーモニタリングシステムはすでに一部の地域で義務化が進んでいます。これは社会課題の解決のために必要なこと。
が、ちょっと待って。メルセデス・ベンツの新型車に乗っても、このような警告が出てくることはありません。一言でいうと「存在がわからない」。
メルセデス・ベンツは、一言でいうと「優しい支援」。
「やんわりステアリングに振動を加える」「それでもだめならメーターパネル内で視覚化」「最後は音」という形で注意低下に対して徐々に介入し(基本的には「○○をしてください」という依頼型のメッセージが出ます)、必要に応じてドライバーによる操舵を支援をしたり、それでもだめなら車を安全に自動で停止する、という形で機能しています(搭載車種・仕様によって異なります)。
それに対して、スバルは「最大級の警告」がいきなり来ます。メーターパネル全体が赤く点滅し、「居眠り警告」という短い文言が点滅します。音は緊急性を知らせるかなり大きなビープ音の系統。非常ブザーとよく似たものです。
これが前ぶれなく突然やってくる。
「お前、寝てるだろう!」と助手席で鬼教官が叫ぶ。例えるならそういう感じ。しかもそれがいつやってくるかわからない。
メルセデス・ベンツが「支援」なら、
スバルは「監視と警告」。
それくらいの違いがあります。
じつは同じような法規に従っていても、メーカーによって実装方法はさまざま。
ここでは、そのことを念頭に置きつつ、なぜスバルが「鬼教官」みたいで神経を逆撫でしてくるのか、どうしたらもう少しドライバーに寄り添えるのか、を私なりに考察していきたいと思います。
「居眠り警告」が神経に障る理由①:怒られるタイミングが予想できないから(誤検知が多いから)
一番目は、予期せぬ時に突然「怒られる」からです。
予期せぬタイミングで、誤検知は良く起こる
ドライバーモニタリングシステムは、車内カメラ等を使い、顔認識技術をベースに瞼の閉じ具合をトラッキングして状態把握をするものです。検知の精度は高くなっているものの、例えば「サングラスをしている」「もともと目が細い」などの特定の条件に対しては検出精度が低くなるとされています。
実際、私はまぶしさ低減のためにサングラスをしています。それでもトンネルの出口ではまぶしくて目を細めたりします。
そういったときに、現状ではけっこう誤検知が起こります。
さらに悪いことに、私は目が細い。そうすると何もしてなくても誤検知されることがあるのです。寝てるわけじゃないのに。それも不意に。
このように、実際には眠くもないときに「予期せぬタイミング」で突然「お前寝てるだろう!!」と怒られることが多いのです。
「誤検知」はなくならない
ということで、「居眠り警告」の精度はいまいち。
では、技術が成熟して100%判定できる日が来るのか?
答えは、おそらく「No.」
残念ながら、現状のカメラを使って検出するアプローチでは、どんなに頑張っても100%検知するなんてことは無理です。正確に言えば、「視線をそらせた」「目を閉じた」といった状態は正しく検知できても、それを不注意だ、居眠りだと「判定」するのが非常に難しいからです。
(じつはスバルの取扱説明書にも「居眠りを判定するものではありません」というような趣旨のことが書いてあります。)
となると、現時点では下記のことが言えるのではないでしょうか?
-正確に「居眠り」を検知して、正確にレッドカードを出すのは、現時点ではかなり無理筋に近い。
「居眠り警告」なんてやめちゃえば?
と、ここで思うのは、「居眠り警告」なんてやめてしまえ、ということです。
現時点では「居眠り警告」は誤検知が多い。
それは技術的にも「居眠り」を正しく検知・判断するのは難しいから。
じゃあ、やめちゃえば?
それが率直な意見です。
そもそも、本当に「居眠り警告」って必要でしょうか?
まず、前提として、「居眠り」という文言で警告を出すこと自体は、前掲の法規の要件ではありません。求められているのは、ドライバーの注意低下に気づかせること。その手段や見せ方には、かなり各社の自由度があります。
つまり、居眠りを検知して「居眠り警告」を出すこと自体は「義務」ではない。
では、居眠り検知はなぜ必要か?
それは、「安全運転システムが介入するタイミングや方法を決めるため」。そして、適切なタイミングでシステムが介入することで事故を少しでも減らす、ということが究極の目的です。
ある意味、(人ではなく)システムにとって必要な機能なんですね。
それであれば、「居眠り警告」はやめて、「居眠りしている恐れがあるなら(注意力低下していたら)どうシステムが支援するか?」を研ぎ澄ますことに力を使っては?というのが私の率直な感想です。
「監視と警告」ではなく、「状況把握から支援へ」という方向へ。
そのように舵を切ってほしい、というのがここでの私の考えです。
「居眠り警告」が神経に障る理由➁:突然Maxで怒られるから
2つ目はこれです。
誤検知+突然の「怒り」は悪夢でしかない
そもそも先ほど見たように誤検知が多いにもかかわらず、突然大声で、緊急地震速報を出された時のような物々しさで怒ってくる(ちょっと大げさですが。実際は「ピッ」というビープ音が短く7回鳴ります)。
この組み合わせは、ちょっとした悪夢です。
が、スバルにおいてはいきなり「火事です」と同じレベルでの警告が来ます。
「突然のMax怒り」と「誤検知」。この組み合わせの何がまずいか
2つあります。
ひとつ目は、安全を脅かすからです。
実例を挙げましょう。
私が遭遇した「居眠り警告」は、先ほど書いたように、交差点の先の状況を見て、対向車がいないことを確認して、アクセルを踏んだその時に発せられました。その時、「ドキッ」として一瞬ブレーキを踏んだことを覚えています(どうも右折は鬼門で、複数回警告されてます)。
交差点での右折、それも片側2車線で制限速度が高い道路でのそれは、かなりストレスのかかる状況です。そこで自分なりの安全確認を終えて、右折を実行する―――その矢先の「Maxの怒り」警告は、かなり危険な介入だと私は思います。むしろドライバーの混乱を引き起こす、といっては言い過ぎでしょうか?
2つ目は、こうしたことの繰り返しが機械と人間の信頼関係を失うからです。
これは有名なオオカミ少年の問題です。
誤検知をしているにもかかわらず自信満々に「居眠り」をたびたび警告する。
そうなると、おそらく下記のような末路をたどるのだと思います。
-車:突然大声で「お前居眠りしているだろう!」と怒鳴りだす
-私:「寝てねーよ○―カ」と返す
・・・二人の関係は壊れていく。
自信満々に「お前寝てるだろう!」と非難しているのに、そのほとんどが誤検知だったら、やはり機械に対する信頼はなくなってきてしまうものなのだろうと思います。
情報伝達の階層設計をちょっとおさらいしてみる
ここで、ちょっと前提知識の話を挟みます。
人への情報伝達において、HMI(Human Machine Interface)では、通常「階層設計」というものをします。
車の場合は多くは、
触覚→視覚→聴覚
の順です。

触覚。
具体的には、ハンドルに対する振動を与えることで、「あれ、何か普段とちょっと違う」という認識をドライバーに与えるのに役立ちます。あまりうるさくなく、嫌がられにくいところも特長です。なので、第一段階の「気づき」にはこれを使うことが多い。
視覚。
色調や動き方、動かす面積などによって緊迫度を出せます。緑系はリラックス、黄色から赤になるにつれ緊急度が増してきます。脳の処理の70%は知覚処理といわれることもあり、最も汎用的に使う通知手段です。
聴覚。
これは最後の手段です。耳は塞ぐことができないので、すごく受け身な器官です。なので、ここぞという時にはこれで知らせる。しかもその時の音はサイレンみたいな、サイン波やコサイン波のような「人工的」な音の方が喚起できます。
・・・というのは基礎知識。
スバルの開発陣もおそらくこれを知っていながら、「居眠り警告」は重要で緊急性が高いと判断したから、階層的な伝え方をせずに、最初からMaxパワーで怒鳴りつけることを選択したのでしょう。
誤検知を前提とした介入の仕方をしてくれたらうれしいかも。。。
でも、上記のような設計は「誤検知がない」ということを前提としないと成り立ちません。逮捕に踏み込むときは、それなりの「証拠」が揃ってから、というのと同じです。
でも、現状はそうではない。誤検知はかなりの程度ある。
そうであれば、それを前提としないといけないのだろうと思います。
やはり、誤検知が一定確率で起こる以上、システムはもっと謙虚に介入すべきなんだろうと思います。具体的には、下記のような「段階的な」介入の仕方をする、というのが一つの解になり得ると思います。
「いま、もしかすると視線が前を向いていないかもしれません。ちょっと前方に注意してくださいね(おせっかいかもしれないけど)。あ、蛇行しているようです。ちょっとステアリング修正をしましょうか?」
そんなんだったら意外と気の利いたシステムだと思わないでしょうか?(実はメルセデス・ベンツもホンダもこのような介入の仕方をしてきます)
誤検知がなくせないなら、誤検知を前提として「段階的な、人に優しい知らせ方」をしてほしい(そして支援にシームレスにつなげてほしい)、というのがここでの私の考えです。
「居眠り警告」が神経に障る理由③:指摘するだけで結局何にもしてくれないから
3つ目は、Maxで怒られたけど、「であなたは何かしてくれるの?」という問いに対して答えてくれないことです。
コストとリターンがあってない?
あれだけけたたましい音とビジュアルで怒られたのに、「非難しただけ?」
受ける側のダメージは大きいんだけど、怒られただけで、車は何もしてくれない。
コストは大きいのにリターンがない。
(実際にはこのシステムを使って緊急時にはドライバー異常時対応制御と連動しているので、何もしてくれないわけではありませんが、これが作動するのは本当に「稀な」ケースなので、ユーザからは普段見えていません)
基本的にこうしたシステムによる「介入」の成否は、コストとリターンのバランスで決まると思います。
×コストが高く(例:公衆の面前で非難される)、リターンが少ない(例:罵倒されただけ)→失敗
○コストが低く(例:さりげなく、気づかれるかどうかわからないように)、リターンが大きい(例:積み上げた荷物が落ちないように支えてあげる)→成功
大事なのは、実際にコストとリターンの関係を設計するだけでなく、「ユーザに効用感を実感してもらう」ことです。
ドライバーにリターンを返す工夫を
よくできたシステムというのは、嫌なことは何一つないのに(コストがかからない)、助かった、ということが多い(リターンが多い)ものだと思います。
安全運転支援に関しても、
指摘するだけ(≒指摘された方のコストは大きい)よりも
指摘する前に支援してあげる(≒リターンが大きい)方が
「良い」システムと思われることが多いと思います。
指摘は、場合によっては「支援した後、後から知らせる」だけでもいいかもしれません。
例えば、ホンダも(タイプRの場合)「車線逸脱支援をしました」という事後通告が、音もなくメーター上に現れる仕様になっています。
こうした、「ユーザのベネフィット=リターン」を軸に考え、できるだけコストをユーザに押し付けない、というのは、良い安全運転支援機能を作る上ではとても大切なことなのではないかなと思いました。
「居眠り警告」はコストが高い割にリターンがない。ドライバーに知らせるなら、そっと知らせて「支援する」。ドライバーが実利を感じられる支援をしてほしい、というのがここでの私の考えです。
「居眠り警告」が神経に障る理由④:「自分が評価されている」という印象をいだきかねないから
人間は自分が「評価される」ことに神経質
これも地味に大きいかと思っています。
「お前寝ているだろう=だから事故を起こしそう」というのは、人物に対する「評価」だと受け取る人はけっこう多いのではないかと思います。
ちょっと類似する命題に置き換えると、「お前人相悪いな=だから事件を起こしそう」といっているのと、あまり本質的に変わらないと思います。
しかも誤検知が多いとなると、かなり気分悪い。

元気なのに「あ、顔色悪いね。風邪ひいた?寝不足?」。
歩行者を確認しながら丁寧に運転しているのに、「目、そらしたね。不注意だなあ。考え事?」。
トンネルからの出口、まぶしい。「ほら目つぶった。眠いんでしょ?」
何もしてないのに、「あ、目つぶったね。眠っちゃだめだよ。あ、目が細いだけ?なんだ。頼むから目を大きく開けててよ」
こういうやり取りが続くと、多くの人はこのシステムを信頼できなくなってしまうのでは、と思います(個人差はあると思います)。
逆に、ソナーによる警告などは、同じ警告でも毛色が違います。
それは、自分の能力の「代替」として外の障害物の検知をしてくれているから。
少々過敏に反応しても「よしよし、君は心配性だね。心配しないでね、大丈夫だから」と反応できるかも。自分の能力の「代替」をしてくれているという「効用感」がある限り、多少の誤検知には寛容になれるのかもしれません。
このように、同じ「警告」でも、それが自分に対する「評価」なのか、自分とは関係ない状態の「通知」なのかで人の受け取りやすさは全然違います。
人間はとかく「自分に対する『評価』には敏感に反応する。それは仕方ない性(さが)みたいなもの。
なので、こうした機能の設計者は、それを前提として設計しないといけないのだろうと思います。
うまくやるコツ
では、どのようにすればよいか?
一番の王道は、人に対する「評価」を極力避けて、「状態」に焦点を当てることです。
×お前、眠っているのでは?
○走行中なのに視線がブレて前を見ていません
×お前、疲れているのでは?
○ハンドル操作がふらついています
2つ目は、「評価」をそのまま伝えるのではなく、「必要な行動」をとるよう促すことです。
×よそ見をしているだろう!
○前を向いてくださいね。
3つ目は、危険が差し迫っているかどうかでトーンを変えることです。
×(止まっていても走っていても)居眠りしているだろう!
○止まっていたらスルー、走っていたら「前を向いてくださいね」、危険が迫っていたらビジュアルと音で知らせる
じつはこれって、ほとんどがただの言い換えでしかないのです。技術的な難しさは何もない。
スバルも機能自体が「居眠り警告」ではないにも関わず(くどいようですが、メーカーも居眠りを検知するものではないといっている)、わざわざ神経を逆撫でするような「居眠り警告」という文言を与えたのがいけなかったのかと思います。「前を向いてください」と優しく言うだけでどんなに違うことか。
技術が人に受け入れられるかは、じつはこうした些細なところがものすごく大事です。技術的に「何%検知できたか」ということはじつはそんなたいした問題ではない。こうしたユーザとのコミュニケーションを丁寧に設計することの方が、はるかに大事だと思います。
人の「評価」から状況の「支援」へ
こうしてみると、スバルは、安全運転支援機能が「ドライバーの監視をして評価、適切な指導を行う」という考えが強いのだろうと思います。
これは、スバルが、安全運転支援機能によって事故を減らしてきた国内のトップランナー、という認知のされ方をしてきたことと無関係ではないと思います。
「なんとしても、乗客を守らなくてはならない」
そうした使命感がこうした方向に向かわせたのかもしれません。
が、そうでない潮流があるのも事実。メルセデス・ベンツ、フォルクスワーゲングループ、BMWといったヨーロッパのメーカーも、日本ではホンダも、どちらかというと対極。
人を評価することは避けて、状態だけを評価する。しかもその評価は「通知表を渡す」ためではなく、あくまでも「支援する」ために使う。
疲れているだろう?ではなくて、ステアリングの一貫性がなくなっていて車線をはみ出しているから、修正舵を入れる。
これは、機械が「教官」ではなく「執事」として働いてくれることです。
これから車はどんどんインテリジェントになってくる。
それは事故を減らすために歓迎すべきことだと思います。
その時に、「お前はダメだ!」とダメ出しをするのでなく、ドライバーと一緒に協同して安全を作っていく。
スバルもそういう方向に向かってくれたらなぁ、と思っています。
「車線逸脱警告」や「先行車発進お知らせ」が神経に障る理由:ドライバーの意図を汲んでくれないから
もううんざりでしょうが、最後はスバルの「車線逸脱警告」と「先行車お知らせ」。
車線逸脱警告。非常に律儀に、白線を踏むとピピピピという音とともに警告のビジュアルが出てきます(わかりやすく、かなりポンコツに車が車線をはみ出す、というようなビジュアルが出ます)。対するメルセデス・ベンツ。ほとんど出ません。ホンダはどうか?ハンドルのビジュアルは出ますが音はよほどのことがない限り鳴りません。
先行車お知らせ。横断歩道を渡ろうとする歩行者がいても律儀に「先行車、発進しました」と音声でお知らせしてくれます。
なぜスバルは「車線逸脱警告」が頻繁に鳴り、ベンツは鳴らないのか?それが素朴な疑問です。
スバルは「意図推定」や「文脈判断」をあまりしない
スバルもなにもやってないわけではないのですが、しきい値が低いのか、ともかく「線を踏んだらイエローカード」「先行車が発進したらとにかくお知らせ」みたいな傾向が強いと感じます。
一方で、私の経験した範囲では、ドイツ車はメーカーを問わず、このような警告にはほとんど遭遇しませんでした(ドイツ車以外はあまり経験がないため、断定は控えます)。
技術の差でしょうか?
そんなことはないはずです。
車は今はセンサーの塊なので、
・ステレオカメラやその他のレーダーを使った障害物の検知
・ステアリングを切ったかどうか、等ユーザの操作情報
(・ドライバーモニタリングシステムなどによるユーザの状況検知情報)
あたりの組み合わせだけで、機械学習などを使えば線を踏み越える作業が「仕方なく意図をもって」やったことなのか、単なる不注意なのかは、かなりの確率で正確に判断できると思います。
なんでなのかなぁ、というのが率直な疑問として出てきます。
スバルが「とりあえず鳴らしとけ」となるには訳がある?
ここからは勝手な推測です。
それは、「免責のため」とりあえず鳴らしているのでは?というものです。
スバルの販売の中心は北米市場で、2番手に日本市場ではないかと思います。
アメリカは訴訟で有名な国。日本はユーザのクレームが多い国(統計を取っているわけではないので若干の偏見も含みます)。
そこで事故が起きて訴訟になった時に、事故発生前にシステムが警告を発していなかった、というようなことがあると企業にとって不利になる。。。
となると、この警告頻発問題は、スバルが免責のために「あえてやっている」ことなのかなぁ、と思ったり。「システムはちゃんと警告したんですけどね。あとはドライバーがへまだったとしか思えません。レベル2ですからね、メーカーはあくまで支援しているだけでして。」
・・・まぁこれは単なる憶測ですが。。。
いずれにしても、そこには「人間中心」とは違うロジックが入っているように思えてなりません。
ドイツ勢は「コーナーケース」の研究を重視している?
ちょっとだけ話が斜めにいきますが、ドイツ車メーカーがこの手の「警告」に非常に神経質なのは、使用環境の違いもあると思います。
それは、超高速域での使用が存在するということ。
高速でドライバーが緊張状態の時に不用意に警告を鳴らしたら、それが事故につながるかもしれないからです。
―――だからドイツ車は本当に必要な時にしか鳴らさない。しかも鳴らし方も、ドライバーをパニックに陥れないために細心の注意を払う、のではないかと思います。
この傾向は、ドイツ車においていわゆる「コーナーケース」の研究に力を入れている(ように見える)こととも関係していると思います。
(ポルシェのADAS(先進運転支援システム)記事でも書いたことがありますので詳細はこちらをどうぞ。)
コーナーケースとは、「ほとんど起こりえないケース」のこと。もっと実践的には、「ほとんど起こりえないけど、起こってしまうと重大な事故につながるケース」を指します。
例えば、雪の残る道路で雪と道路の境界線を白線と間違える例や、キャリアカーに後ろ向きに乗っている自動車を対向車と間違える例などがそう。
ADAS作動中にシステムがこの状況を誤検知すると、超高速で急ブレーキをかけたりすることがあり非常に危険です。
そのため、ドイツのメーカーは死活問題としてこの問題に取り組んでいるのですね。
このような問題にまじめに取り組んでいれば、白線をまたぐ問題において「意図あり=スルーすべき」か「無意識=介入すべき」か、という問題を解くことは朝飯前です。
ドイツ車は「過酷な使用状況」でのシステム支援のあり方を研究してきたからこそ、こうした「意図推定」や「文脈判断」においても違和感のない支援ができているのかもしれないなぁと思います。
スバルも、ドライバーの意図を汲んだり、文脈を捉えて、「出しゃばりすぎない」スマートな支援システムを作ってほしいな、と思います。
ドライバーの「主観評価」も大事では?
・・・と、ここまで書いてきましたが、じつは上記のようなドイツ車の「賢さ」は単なる印象ではなく、ちゃんと研究・開発プロセスの「ファクト」にも表れています。
これも先ほどの記事に書きましたが、たとえばポルシェのADAS制御に「主観評価」を取り入れるという事例。
ADASの支援が入った時に、ドライバーがどう感じるかを心拍数などの定量評価を含めて評価系に組み込んでいるのですね。
その背後にある考え方は「客観的に安全であっても、ドライバーが不快や不安を感じる介入は、(ポルシェにとって)最適なチューニングとは言えない」というもの。
つまり、システムとして「正しい」介入かどうか、だけでは不十分で「ドライバーが不快や不安を感じないこと」が大事だといっているのですね。
スバルも「人間中心」の車造り(ハコ)はできているのですから、ぜひこうしたADASの分野でも「人がどう感じるか」を評価軸に加えて、人にとって違和感のない支援システムを洗練させていってほしいものです。
まとめ

スバルのS210の負の側面、アイサイトの鬼教官ぶりについてみてきました。
個人的には、車の出来が本当にいいだけに、この点が残念すぎます。
正直な話、私にとってはこの車を好きでいられるかどうかを分けるくらい重要な問題です。
技術的な問題よりも、どう体験に落とし込むか。
それが一番簡単なようで難しい。設計思想を根本から変えるというのは、技術を変えること以上に難しいからです。
「鬼教官」から「優しいパートナーへ」。
いつか、スバルも本当に優れた「支援」システムを作り上げてくれることを期待しながら、今回は終わりたいと思います。










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